建築・不動産写真には、人物写真とは異なる独自のレタッチ技術が必要です。
垂直線の補正、広角レンズの歪み修正、空の合成——これらをマスターすることで、物件の魅力を最大限に伝える写真に仕上げられます。
建築写真レタッチの特徴
建築写真のレタッチって、普通の写真編集と何が違うんですか?
最大の違いは「垂直・水平の正確さ」です。建物が傾いていると、それだけで不安定な印象を与えます。また、空の状態が物件の印象を大きく左右するのも特徴ですね。
建築写真で重視するポイント
- 垂直・水平 — 建物の線が傾いていないか
- パース(遠近感) — 広角による歪みの補正
- 空の印象 — 曇り空より青空が好まれる
- 明るさ・清潔感 — 物件の魅力を引き出す
- 不要物の除去 — 電線、ゴミ、通行人など
パース補正(垂直・水平の修正)
なぜ建物が傾いて見えるのか
カメラを上に向けて建物を撮影すると、建物の上部が狭く見える「あおり」が発生します。
これは広角レンズで撮影するほど顕著になり、建物が後ろに倒れているような不安定な印象を与えます。
Photoshopでのパース補正
方法1:変形 → 遠近法
- レイヤーをスマートオブジェクトに変換
- 編集 → 変形 → 遠近法
- 上の角を外側に広げて垂直を修正
- 必要に応じて上下を調整
方法2:Camera Raw / Lightroomの「変形」
- 変形パネルを開く
- 「垂直方向」スライダーで調整
- または「自動」で自動補正
Lightroom / Camera Rawの「Upright」機能を使うと、ワンクリックで垂直・水平を自動補正できます。「Auto」「垂直」「水平」「フル」から選択可能です。
補正時の注意点
- 過度な補正は避ける — 完璧な垂直より自然さを優先
- 切り抜かれる部分を考慮 — 補正で画像の端がカットされる
- 元の構図を活かす — 撮影時から補正を想定しておく
広角レンズの歪み補正
レンズ歪みとは
広角レンズで撮影すると、画像の端に向かって直線が曲がる「樽型歪曲」が発生します。
建築写真では、この歪みが「壁が膨らんでいる」ように見え、不自然な印象を与えます。
歪み補正の方法
Photoshop の場合
- フィルター → レンズ補正
- 「カスタム」タブで歪みを調整
- または「自動補正」でレンズプロファイルを適用
Camera Raw / Lightroom の場合
- レンズ補正パネルを開く
- 「プロファイル補正を使用」にチェック
- 自動でレンズに応じた補正が適用される
レンズ補正は、パース補正の前に行うのが基本です。歪みを補正してから垂直を調整した方が、自然な仕上がりになります。
空の合成
なぜ空を合成するのか
建築・不動産写真では、空の状態が物件の印象を大きく左右します。
- 曇り空 → 暗い、重い印象
- 青空 → 明るい、爽やかな印象
- 夕焼け空 → ドラマチック、高級感
撮影日の天気は選べないことも多いため、空の合成は建築写真では一般的なテクニックです。
空の素材
空の合成には、差し替え用の空素材が必要です。
- 自分で撮影してストックしておく
- ストックフォトサイトで購入
- Photoshop 2021以降の「空を置き換え」機能
手動での空合成
1. 空を選択
- 「選択範囲」→「空を選択」(Photoshop 2021以降)
- または「色域指定」で空の青色を選択
- 建物の境界は「選択とマスク」で調整
2. 空素材を配置
- 空素材をドラッグ&ドロップ
- 元の空の後ろ(下)に配置
- サイズと位置を調整
3. 境界をなじませる
- マスクの境界をぼかす
- 建物との境界線に不自然さがないか確認
- 必要に応じてブラシでマスクを調整
「空を置き換え」機能(Photoshop)
Photoshop 2021以降では、「空を置き換え」機能でワンクリック合成が可能です。
- 編集 → 空を置き換え
- 用意された空から選択、または自分の素材を使用
- 「エッジをシフト」「エッジをフェード」で境界を調整
- 「明るさ」「色温度」で空と建物をなじませる
光の方向に注意してください。建物に当たる光の方向と、空の雲や太陽の位置が矛盾していると不自然になります。
色調補正
建築写真の色調整ポイント
明るさ・コントラスト
- 全体的に明るく、清潔感のある印象に
- 影が暗すぎると「暗い物件」に見える
- ハイライトは白飛びしない範囲で明るく
色温度
- やや暖色寄りで温かみを出す
- 青すぎると冷たい印象に
- 室内は特に暖色で居心地の良さを演出
彩度
- 控えめに調整(派手すぎは不自然)
- 空の青、芝生の緑は効果的に強調
- 建物の色は実物に近づける
室内写真の補正
室内写真は照明の色かぶりが発生しやすいです。
| 光源 | 色かぶり | 補正方向 |
|---|---|---|
| 蛍光灯 | 緑〜青緑 | マゼンタ方向へ |
| 白熱灯 | オレンジ | 青方向へ |
| LED | 様々 | 白い部分を基準に |
| 窓光 | 青 | 暖色方向へ |
複数の光源が混在する場合は、部分的なマスク処理で対応します。
不要物の除去
よくある除去対象
建築・不動産写真では、以下のような要素を除去することが多いです。
- 電線・電柱 — 建物を横切る線
- ゴミ・落ち葉 — 敷地内の清潔感
- 通行人・車 — プライバシーと構図の問題
- 工事中の要素 — 看板、足場など
- 反射 — 窓への映り込み
除去テクニック
スポット修復ブラシ
- 小さな点や短い線に効果的
- 周囲のテクスチャを自動で馴染ませる
コンテンツに応じた塗りつぶし
- 広い範囲の除去に
- 選択範囲を作成して「編集」→「コンテンツに応じた塗りつぶし」
コピースタンプツール
- 複雑なパターンの部分に
- 繰り返しパターン(タイル、レンガ)の修復
パッチツール
- 周囲の別の部分をコピーして置き換え
- 床や壁など、面が続いている部分に効果的
電線除去のコツ
電線は建築写真で最も除去することが多い要素です。
- コピースタンプで大まかに消す
- 空の部分は「コンテンツに応じた塗りつぶし」が効果的
- 建物にかかる部分は丁寧にスタンプ
- 細い線は「スポット修復ブラシ」で
電線は、横に長いので一度に消そうとせず、短い区間に分けて処理すると自然に仕上がります。
外観・内観それぞれのポイント
外観写真
- 垂直を優先 — 建物が傾いていないことが最重要
- 空を魅力的に — 青空合成で印象アップ
- 敷地全体を見せる — 庭、駐車場も整える
- 影を明るく — 建物の全体像が分かるように
内観写真
- 明るさ重視 — 暗い室内は印象ダウン
- 色かぶり補正 — 照明による色の偏りを修正
- 窓の処理 — 白飛びしすぎないよう調整、または外の景色を合成
- 生活感の調整 — 必要に応じて小物を除去
窓からの眺め合成
室内から撮影すると、窓の外が白飛びすることが多いです。
解決方法
- 露出を変えて複数枚撮影(HDR用)
- 室内用と窓外用を別々に調整
- マスクで合成
または、窓外に別撮りの景色を合成する方法もあります。
不動産写真の注意点
過度な加工の問題
不動産写真は「物件を売る」ための写真ですが、実物とかけ離れた加工はトラブルの元です。
- 部屋を実際より広く見せる歪み補正
- 存在しない設備の合成
- 周囲の建物を消す
- 実際と異なる眺望を合成
これらは景品表示法に抵触する可能性があります。
許容される範囲
- パース補正による垂直・水平の修正
- 曇り空から青空への合成
- 一時的なゴミ・車の除去
- 色調補正による明るさ・清潔感の向上
- 電線の除去
どこまでの加工が許容されるかは、クライアント(不動産会社など)と事前に確認しておくことをおすすめします。
ワークフロー例
外観写真の基本手順
- RAW現像:露出、ホワイトバランスの調整
- レンズ補正:歪みの自動補正
- パース補正:垂直・水平の調整
- 空の合成:必要に応じて青空に差し替え
- 色調補正:明るさ、コントラスト、彩度
- 不要物除去:電線、ゴミなど
- 最終調整:全体のバランス確認
内観写真の基本手順
- RAW現像:露出、ホワイトバランスの調整
- 色かぶり補正:照明による偏りを修正
- パース補正:部屋の歪みを修正
- 窓の処理:白飛び調整または外景合成
- 明るさ調整:全体的に明るく
- 不要物除去:生活感のある小物など
- 最終調整:清潔感のある仕上げ
まとめ
建築・不動産写真のレタッチは、物件の魅力を正確に伝えるための技術です。
- パース補正:垂直・水平を正しく
- レンズ補正:広角の歪みを修正
- 空の合成:印象を大きく左右する
- 色調補正:明るく清潔感のある仕上げ
- 不要物除去:電線、ゴミなどを除去
- 過度な加工は避ける:実物との乖離に注意
これらの技術を使いこなして、物件の魅力を最大限に引き出す写真に仕上げましょう。